2009年12月05日

島の生物

島には、特殊な生物相が見られることがよくある。固有種が多く、また、飛べない鳥の出現なども広く見られることである。島の生物の生態についての研究は、島嶼生物学が扱う。

洋島では、漂着する生物が定着する事によって生物相ができることから、両生類や哺乳類を欠くといったような、大陸にくらべて偏った生物相になりやすい。ガラパゴス諸島やハワイ諸島、小笠原諸島などが有名である。

陸島でも、大陸では絶滅した群が生き残っているなど、特殊な生物が見られる例が非常に多い。

地形以外の島 [編集]
浮島
水底に接していない島を浮島と呼び、天然でも湖沼の一部に浮島が見られる。ミャンマーのインレー湖の浮島は表土を持ち、植物の栽培が可能である。ペルー・ボリビア間に広がるチチカカ湖にも浮島が存在する。日本国内では、例えば秋田県鹿角市の作沢沼にはミズゴケ類からできた直径数mの浮島が見られる。
「島」の字源
「島」という漢字は、渡り鳥が羽を休めるために利用する海にある山を表すために作られた文字だという。
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独立したものの象徴としての島
人里はなれた場所としての島
地理学上の用語以外に、島にはさまざまな意味がある。人里から隔絶した土地という意味でも古くから島という言葉が用いられてきた。例えば、源頼朝が流刑となった蛭ヶ小島は、伊豆山中(静岡県伊豆の国市)に位置する。
縄張り
「区画」という意味から、勢力の及ぶ範囲。「シマ」とかたかな表記されることが多い。
臓器の「島」
膵臓中でインシュリンなどのホルモンを分泌するランゲルハンス島は、顕微鏡下の観察で他の膵細胞から独立して見えたことに由来する。

2009年11月29日

黒い雨

黒い雨(くろいあめ)とは、原子爆弾炸裂時の泥やほこり、すすなどを含んだ重油のような粘り気のある大粒の雨で、放射性降下物(フォールアウト)の一種である。

主に広島市北西部を中心に大雨となって激しく降り注いだ。この黒い雨は強い放射能を帯びているため、この雨に直接打たれた者は、二次的な被爆(被曝)が原因で、頭髪の脱毛や、歯ぐきからの大量の出血、血便、急性白血病による大量の吐血などの急性放射線障害をきたした。大火傷・大怪我をおった被爆者達はこの雨が有害なものと知らず、喉の渇きから口にするものも多かった。原爆被災後、他の地域から救護・救援に駆けつけた者も含め、今まで何の異常もなく元気であったにもかかわらず、突然死亡する者が多かった。水は汚染され、川の魚はことごとく死んで浮き上がり、この地域の井戸水を飲用した者の中では、下痢をする事が非常に多かったという。長崎でも、黒い雨の降雨記録が残っている。黒い雨は爆風や熱線の被害を受けなかった地域に降り注ぎ、広範囲に深刻な放射能汚染をもたらした。

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広島県高須地区にある民家の応接間の壁裏に残っていた黒い雨の跡(白壁に上から墨滴を流したような黒い線)を分析した結果、炭素・珪素・鉄が主な成分として検出された事が、1986年1月17日に日本放送協会(NHK)が放映(製作:NHK長崎放送局)した番組[1]の中で報告された。番組内では特に鉄分について、爆発時の熱によって蒸発した広島市内の鉄構造物によるものだけではなく、爆弾そのものの鉄分である可能性についても言及している。

なお、この雨の跡からは、セシウム137(半減期30年)が微量検出されている。

2009年11月25日

木彫

木彫
木を仏像の素材として多用するのは、日本の仏像の特徴である。用いられる木材は、御神木などの神聖な木が使われることが非常に多く、古代からのアニミズムの影響が考えられる。飛鳥・白鳳時代はクスノキが用いられた。奈良時代は、従来ヒノキが使われたとされたが、最近の研究ではカヤだということが分かっている。平安時代にはヒノキをはじめ、カツラやケヤキなど、多様な素材が用いられた。
一木造り
一本の木、一つの木材から仏像を彫り出す技法。平安時代初期に特徴的な技法で、成立も同じ時代とされたが、奈良時代に遡ると考えられる。技法の成立理由は緒説があるが、中国からもたらされた檀像彫刻を日本でも作ろうとして、日本では希少な白檀の代わりに栢を用いたのが始まりであろう。また、唐招提寺に初期の作品が多くあることから、鑑真の来朝が契機となった可能性がある。塑造や乾漆造と違い、一度削ってしまったら修正は不可能であり、特に一木作りの場合、細部の破綻が全体に及ぶ可能性がある。こうした制作者と用材の緊張関係が、仏像に深い精神性と優れた造形力をもたらしている。
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玉眼
彫像の目をより本物らしくみせるため水晶をはめ込む技法。寄せ木造りの彫像は頭部も内部がくりぬかれて空洞になっている。そこに眼の部分に穴を開け、内側から目よりやや大き目の薄く磨いた水晶を当てる。裏から水晶に直接、瞳や目尻・目頭のくま、あるいは毛細血管を描き、綿または紙をあてて白眼を表す。最後にこれを木片で押さえて竹釘で留めて完成。この技法を使った現存最古の仏像は仁平元年(1151年)奈良長岳寺の阿弥陀三尊像である。瞳に水晶を嵌める技法はエジプトにもあり、ギリシャ彫刻などでもエマイユを使っている例や、中国では宝玉やガラス珠を入れた作品がある。黒目を黒石で表した奈良時代の東大寺戒壇院の四天王像もそうした例に含まれよう。

2009年11月07日

三都合同新聞

1931年から1935年にかけて存在した新聞トラスト。神戸新聞社が京都日日新聞、大阪時事新報を相次いで買収して合併。神戸新聞社を三都合同新聞社に改組して本店を大阪市に、支店を京都市、神戸市に設置し、それぞれに編集発行拠点を置いて三紙の題号をそのまま継承して発行した。

京都日日新聞は京都府の地方紙として京都日出新聞に次ぐ存在であり、これに大阪の大阪朝日新聞や大阪毎日新聞、名古屋市の新愛知などが加わり熾烈な部数競争を行っていた。また大阪時事新報は、大阪府下では大阪朝日新聞・大阪毎日新聞に次ぐ存在でありながら両者に大きく水をあけられ、後発の夕刊大阪新聞にも追い上げられていた。
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神戸新聞社はこれら二紙を買収して部数の立て直しを図ったが、なかなか統合効果が現れなかった。特に大阪時事新報の経営が思わしくなかったため、三紙の協調が崩れた。まず、京都日日新聞を分離し、次いで大阪時事新報を分離。商号を神戸新聞社に、本店を神戸市にそれぞれ戻し、神戸新聞の編集発行のみに戻った。

1995年1月17日、阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)が発生。当時、神戸新聞本社があった新聞会館も被災し、ビルの全壊という被害が発生した。この当時、神戸新聞・デイリースポーツの新聞印刷機能については神戸市西区の西神ニュータウンに建設された「神戸新聞製作センター」に移動していたが、編集部門、制作部門など新聞発行の心臓部ともいえる機能が被害の犠牲となる。

2009年10月29日

副振動

副振動(ふくしんどう)とは潮位の変化のうち潮汐や高潮、津波などによって発生する以外のものを指す言葉である。潮汐によって発生する潮位の変化を主振動と考えて、それに対する用語である。スイスのレマン湖で発生する同様の現象に対する言葉から「セイシュ」とも呼ばれる。

原因がはっきりとわからない潮位の異常を指す異常潮の一種にも分類される。異常潮にはもう1つ、数日程度持続する異常潮位というものがある。
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発生の原理はまだはっきりとしていないが湾や海峡においてはごく一般的に見られる現象で、数分から数十分程度の周期で海面の水位が数センチから数十センチほど変動する。外洋で発生した津波や気圧変動、風の影響などによって発生した波が湾内に入り込んで反射して共鳴を引き起こすことが要因として考えられている。発生する場合の周期はその湾の地形などによって決定される固有振動数が影響し、振幅にも地形が影響する。大きな振幅の副振動が発生すると船舶や沿岸の建造物などに被害をもたらすことがある。現在の技術では予測は極めて困難である。

日本国内では長崎湾で発生する副振動が最大のものとして知られ、振幅が3メートルを超えることがある。この地方ではあびきとも呼ばれ、漁業用の網が流される「網引き」が語源であると考えられている。

2009年10月18日

自然破壊

自然破壊(しぜんはかい)とは、人間によって手を加えられる事がない、あるがままの状態のもの(すなわち自然)に、人間の手を加えて破壊することをいう。人間が直接的に手を加えて破壊すること(森林破壊など)もあれば、人間の活動によって間接的に影響を受けて破壊に至る(大気汚染など)こともある。

「あるがままの自然」に人間の手を介入させること自体が「あるがままの自然」ではないとみなし、人間の手を加えてしまうことそのものを指すこともあるが、いずれにしても人間の都合によって自然が変えられてしまうことには変わりは無い。
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環境問題の1つであり、環境破壊と表現することもある。
人間は、周りの環境に手を加えて、自分に都合のよいように変える生物であると言われることがある。少なくとも農耕が始まってからは、ヒトはその生活の場に人工的に空き地を作り、人為的に植物を栽培し、数種の選ばれた動物をその周囲で飼育する、といったことを行ってきた。さらにその周囲の自然環境に対しても、大なり小なり影響を与え、自分たちが住みやすいように改変してきた。里山などもその例である。

しかし、19世紀に入って産業革命(工業化)が先進各国で本格化し大規模な工業が発達すると、原料や廃棄物の量がそれまでとは比較にならないほどに大きくなった。また、20世紀にはいると、機械などの発達によってその作業能力も格段に大きくなった。そのため、それ以前とは比べものにならないほど自然を改変する場合の規模、速度が大きくなった。それによって浮上したのがこの問題である。

2009年06月19日

石膏(せっこう、gypsum)は、硫酸カルシウム

石膏(せっこう、gypsum)は、硫酸カルシウム(化学式CaSO4)を主成分とする鉱物。

硫酸カルシウム(無水物)は、融点 1450 ℃ の無色の結晶で水にほとんど不溶。比重 2.96。カルシウム塩水溶液と硫酸塩水溶液との複分解により、66 ℃ 以下では2水和物CaSO4・2H2O、それ以上では無水和物が得られる。

また、水酸化カルシウムと硫酸の中和によっても得られる(沈殿)。


天然には硫酸カルシウムの1/2水和物がバサニ石(CaSO4・0.5H2O)、2水和物が石膏(CaSO4・2H2O)、無水物が硬石膏(CaSO4)として産する。

これら硫酸カルシウムの各水和物および無水物を一纏めに「石膏」という場合もあるので注意を要する。

化学石こう(合成品、2水和物相当)の2008年度日本国内生産量は5,688,769t、工業消費量は117,126tである

硫酸カルシウム・1/2水和物(CaSO4・1/2H2O)を半水石膏または焼石膏という。

天然物は、バサニ石(bassanite)といい土壌中及び溶岩内から発見されている[2][3]。

半水石膏は、水と化学反応し二水石膏に変化する。骨折時の治療用具としてのギプス、型取り用の石膏は、粉末状の半水石膏を水と反応させ、二水石膏(単に「石膏」ともいう)として硬化させたものである。

日本薬局方では「焼石膏」として記載されている。

豆腐の凝固剤としても用いられており、中華人民共和国南部や台湾などでは「豆腐花」など、日本では絹ごし豆腐といった柔らかい豆腐の製造に適する。これは溶解してイオン化し、塩析効果を発揮する速度が苦汁よりも遅いため、濃厚な豆乳の全体を均質に凝固させやすいからである。

硫酸カルシウム・2水和物(CaSO4・2H2O)を二水石膏、軟石膏、または単に石膏(gypsum、狭義の「石膏」)という。
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二水石膏は、加熱(160°C~170°C)により水分を失い、半水石膏に変化する。

天然には、温泉作用や閉じ込められた海水からの岩塩の形成に付随して生じる。比重2.23の無色の結晶。硬度1.5~2。水に難溶。単斜晶系に属する。

天然には単結晶のほかに結晶集合体が生じ、透明のものを透明石膏(セレナイト、selenite)、繊維状のものを繊維石膏(satinspar)、細かい粒状のものを雪花石膏(アラバスター、alabaster)と呼ぶ。セレナイトは窓用として、アラバスターは彫刻の素材として古来より用いられてきた。また、排気ガスの脱硫過程、燐酸系化学肥料の製造工程でも生じるため、これらは回収される。

また、生薬として漢方薬に配合されたり、防火用の石膏ボード、彫刻などに使われる。

2009年06月01日

引眉(ひきまゆ)とは、奈良時代から

江戸時代にかけておこなわれた化粧法で、眉を剃る、または抜くことを意味する。

眉を剃る、または抜いたあと、細い弓形の眉を墨で描く。
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眉を剃る、または抜いたあと、除去した眉よりも高い位置に「殿上眉」という長円形の眉を墨で描く。

元来は裳着の際に、お歯黒とセットで行われたもので、平安時代中期頃から男性貴族、平家の武将等の元服の時にも行うようになった。

室町時代以降は殿上眉の位置はさらに高くなり、能面にも写されるようになった。

江戸時代では以下に該当する女性のみの習慣となり、元服の際にお歯黒とセットで行われたものである。

既婚女性全般(お歯黒を付け、引眉する、但し武家(武士)の妻は出産後に引眉する)
18~20歳以上の未婚女性(お歯黒を付けても引眉する場合としない場合有り)
江戸中期までは眉を剃る、または抜いたあと、元々の眉を薄い墨でなぞる。 江戸後期以降は眉を剃る、または抜いたあと眉を描かない場合が多い。

なお、演劇や浮世絵などでは剃った跡を薄い青で表現する場合が多い、これを青黛と呼んでいる。

なお、お歯黒を付けても眉を剃らない場合もあり、この場合は半元服と呼ばれる。

この他、幕末から明治時代にかけての写真や浮世絵に、2歳から12歳くらいの少女が、眉を剃ってるものをよく見かける[1]。

文明開化以降はお歯黒とともに衰退し、明治時代中期にはほとんどみられなくなった。現代では一部の演劇、また伝統的な祭りの際にみられるだけである。

2009年04月29日

金属製温度計

金属製温度計は、感部にバイメタルを用い、その温度変化に伴う変形を指針の動きに変換することによって温度を測定するものである。バイメタルの材料としては主にアンバーと黄銅との組合せが使われる。構造が簡単で安価なため、家庭用としても普及している。

指針と目盛板によって気温を直接表示するもののほか、指針の代わりに記録ペンを駆動し、ゼンマイなどの動力で回転するドラムに巻かれた記録紙に温度の時系列を自動的に記録する自記式のものもよく使われる。

使用にあたっては、ガラス製温度計による校正が必要である。
許容される器差は、1.0℃である。
電気式温度計は、白金の温度による電気抵抗の変化を検出することによって温度を測定するものである。自動・遠隔観測に適するため、現在、気象庁をはじめとする多くの機関で主力となっている。感部に用いられる白金線(抵抗体)は、0℃において抵抗値100オームの「Pt100」規格のものと定められている(同条件で抵抗値50オームの「Pt50」を用いる国もある)。
許容される器差は、0.5℃(感部のみについて0.3℃)である。
電気式温度計には、温度によって誘電率の変化する感温体を誘電体に用いたコンデンサの容量の変化を検出する方式のものもあるが、小型軽量な反面、耐久性や測定精度にやや難があるとされ、現在は、使い捨てが前提のラジオゾンデ用としてのみ認められている(許容される器差は0.5又は1℃(測定範囲により異なる))。
家庭用・教材用としてはサーミスタを用いた簡易な製品もあるが、特に常時観測に使用する場合、通電に伴う自己発熱による誤差を生じやすく、耐久性も実証されていないことから、公共的な気象観測には用いられない。

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ガリレオ温度計
液体中にそれぞれ質量と体積の違う浮き子を入れ、液体の比重が温度によって変化するのに伴って浮沈する浮き子に表記された数字で,大まかな温度を示す温度計である。

2009年04月13日

安帝 (漢)

安帝(あんてい)は後漢の第6代皇帝。第3代皇帝章帝の孫。父の劉慶は元々章帝の皇太子とされていたが、讒言により廃されて清河孝王に落とされた。

生涯 [編集]
殤帝がわずか2歳にして死去すると、和帝皇后の鄧氏によって13歳の安帝が擁立された。しかしその朝政は鄧氏が掌握し、鄧隲が大将軍となり朝政を運営した。

成人した安帝は外戚の鄧氏に反発するようになり、その影響からか生活に乱れが生じる。また閻氏(えんし)を立后するが、安帝との子を設けた他の后妃を殺害するなどを行っている。121年、鄧皇太后が死去すると閻皇后と協力し、宦官李閏らの助力を得て、鄧隲一族を粛清した。その後は宦官と閻氏一門が専権を振るうことになる。

125年に崩御、後継者は閻氏によって従兄弟の北郷侯・劉懿が擁立される。

摂政をしていた鄧兄妹は他の外戚に比べて良質であり、鄧氏は班昭に私淑して経書の講義を受けたりした人物であった。兄の鄧隲も一万戸の領地を受けた後で更に三千戸の加増を申し渡されたときに固辞して受け取らなかったという。鄧氏の摂政時代には匈奴の進入や天災が相次ぎ、決して平和な時代ではなかったが、鄧氏は節約に励んで懸命に政治に当たったという。ただし官僚との連絡役として宦官を重用したことが後に宦官の専横を許すこととなったといわれる。

安帝の時代には西域都護が匈奴により攻撃され、西域は匈奴の手に落ちた。他にも西の羌族が反乱を起こすなど後漢の衰退が明らかになってきた。

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